冷戦の開始

冷たい戦争(ウォルター=リップマンの造語)

 

(西側)アメリカ、資本主義

(東側)ソ連社会主義

 

チャーチルが「バルト海のシュテッティンからアドリア海トリエステまで‘鉄のカーテン’が下されている」と演説(アメリカ、フルトン市)

1947年ギリシア、トルコの共産党化阻止と、社会主義拡大防止のため「封じ込め政策」のトルーマン=ドクトリンを発表し、アメリカは国際主義に移行。

共産党防止計画(マーシャル=プラン)を発表。西ヨーロッパ16カ国でヨーロッパ経済協力機構(OEEC)(のちのOECD経済協力開発機構)でこの計画を受け入れた。

これに対し東側陣営はコミンフォルム共産党情報局)を結成。ソ連ブルガリアルーマニアハンガリーポーランドチェコスロヴァキアユーゴスラヴィア、仏・伊の共産党が加盟。

チェコ社会主義クーデタの発生。ベネシュ大統領が辞任し、共産党一党独裁に、その影響を受け、西側陣営で、英、仏、ベネルクス三国が西ヨーロッパ連合条約(ブリュッセル条約)という反響軍事同盟を締結。

同時期にリオ協定によってラテンアメリカで反共同盟を結成。米州機構OAS)(ボゴタ憲章で成立)を作り、連携を強化。アメリカ支持の軍事政権はキューババティスタニカラグア(ソモサ)など

その後、西ドイツ地区での通貨改革によって米ドルと西ドイツ=マルクの交換が可能に。

これに対してソ連ベルリン封鎖で対抗。これを大空輸作戦で切り抜ける。

1949年ソ連コメコン(経済相互援助会議)を結成。ユーゴスラヴィアは入っていない。

これに対してアメリカは北大西洋条約機構NATO)を結成。

1949年にボン基本法によりドイツ連邦共和国(西ドイツ)を建国。暫定首都はボン(ベートーヴェンの出身地)、アデナウアーが首相となり、社会的市場原理の採用によって「奇跡の経済復興」を遂げた。

これに対してソ連ドイツ民主共和国東ドイツ)を建国。首都はベルリン。グロテヴォールが首相、社会主義統一党の一党独裁体制になる。

そして1950年西側では仏外相のシューマン=プラン、東側では中ソ友好同盟相互援助条約を結ぶ。

1951年から西で集団安全保障体制を構築、1953ソ連ではスターリンが死去

1954年ジュネーヴ休戦協定によってインドシナ戦争の休戦。北緯17度線を暫定軍事境界線として南北に二分、2年後に南北統一選挙を約する。

西側でパリ協定によって西ドイツの主権が回復。NATO加盟。1955年には英、トルコ、イラク、イラン、パキスタンバグダード条約機構(METO、中東条約機構)が作られた。

西ドイツのNATO加盟に対抗して、ソ連は1955年にワルシャワ条約機構(東欧8カ国友好相互援助条約)を作った。

そして、ジュネーヴ4巨頭会談が実現。参加者はアイゼンハワー、ブルガーニン、イーデン、フォールの4人。これによって「雪どけ」(エレンブルクの小説による)が始まった